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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)71009号 判決

原告 芝信用金庫

右代表者代表理事 渡辺八右衛門

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 長嶋憲一

同 麥田浩一郎

同 若山正彦

同 小澤彰

被告 宝工業株式会社

右代表者代表取締役 鹿住泰治

右訴訟代理人弁護士 古閑孝

主文

一  原告と被告間の東京地方裁判所昭和五三年(手ワ)第二九一三号小切手金請求事件について同裁判所が昭和五三年一一月二九日言い渡した小切手判決を認可する。

二  異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年八月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙小切手目録のような小切手要件が記載されている持参人払式小切手一通(以下「本件小切手」という。)を所持している。

2  被告は、本件小切手を振り出した。

3  本件小切手は、昭和五三年八月三一日に支払のため支払人に呈示されたが、その支払を拒絶され、支払人によって本件小切手に呈示の日を表示し、日付を付した支払拒絶宣言の記載がなされている。

よって、原告は被告に対し、本件小切手金一五〇〇万円及びこれに対する本件小切手の呈示の日である昭和五三年八月三一日から支払ずみまで小切手法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  錯誤

被告は、昭和五三年八月二五日原告に対し、被告の定期性預金六〇〇〇万円(満期は同年八月末日より後である。)を解約しその払戻を受けたい旨申し出たところ、原告は、右定期性預金は拘束されているので本件小切手を振り出さなければ解約に応じないとの強い態度であり、被告としては、右金員が緊急に必要であったことから、翌二六日本件小切手を振り出したものであるが、右定期性預金については本来拘束性はなかったにも拘らず、被告は原告の拘束できる旨の言を信じて本件小切手を振り出したのであるから、被告の本件小切手振出行為は、その重要な部分に錯誤があり無効である。

2  強迫

被告が本件小切手を振り出したのは、右1記載のとおり、原告が本件小切手を振り出さなければ右定期性預金の解約、払戻をしない旨被告を強迫したためであるから、被告は昭和五五年四月二八日の本件第一〇回口頭弁論期日においてこれを取消す旨の意思表示をした。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  被告主張の抗弁事実の存否について判断する。

1  被告が原告金庫梅屋敷支店に金六〇〇〇万円の定期性預金をしていたこと、並びに右預金の満期が昭和五三年八月末日より後に到来するものであったこと、被告の申出により右定期性預金が解約されたこと、原告は被告に対し昭和五三年七月三一日、金一五〇〇万円を弁済期、同年八月一五日の約定で貸し付けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実及び《証拠省略》によれば、昭和五三年八月一五日、当時被告の代表取締役であった岡田浩は、原告金庫梅屋敷支店を訪れ、同支店融資係員である君塚正志に対して、岡田浩の身内の者の保釈金八〇〇〇万円の内金六〇〇〇万円について不足しているところ、右保釈金不足分にあてるべく被告の同支店に対して有している定期預金、定期積金などの定期性預金六〇〇〇万円の解約払戻を受けたい旨申し出てきたが、君塚正志は右払戻申出金額が多額であることから直ちに払い戻すことができない旨縷々説明したうえ、一応検討させて貰いたい旨返事をし、その際、君塚正志は岡田浩に対し、同日が弁済期となっていた原告金庫の被告に対する貸付金一五〇〇万円の返済を求めたところ、岡田浩は緊急に金六〇〇〇万円の現金が必要であると述べるのみであった。結局、同日、岡田浩は払戻を受けられないまま引き上げることになった。岡田浩が引き上げた後、原告金庫としては、岡田浩の申出に応じて被告の定期性預金六〇〇〇万円の解約払戻をするかどうかについて協議した結果、右解約に応じたうえ、前記貸付金の返済も求めることになり、同日午後八時ころ、君塚正志は被告に対しその旨連絡をした。翌一六日、原告金庫は同金庫梅屋敷支店において、岡田浩に対し、定期性預金払戻金六〇〇〇万円を現金で手渡したうえ、前記貸付金の返済を再度求めたところ、岡田浩が、同月三一日に売掛金の回収ができる見込みであり、それが三和銀行蒲田支店に入金されることになっているので、これで返済する旨申し出たので、原告金庫は貸付金の弁済猶予をするが、三和銀行蒲田支店を支払人とした額面金一五〇〇万円の小切手を振り出して貰うことになり、岡田浩は小切手用紙を持参していなかったことから、一旦、小切手用紙を取りに戻ったうえ、同日、原告金庫に対し本件小切手を振出交付したこと、以上の事実が認められ、右認定事実のみをもっては、被告の本件小切手振出行為が錯誤、強迫に基づいてなされたとの点までは、これを肯認することができない。《証拠省略》により認められる、鹿住泰治が八月一五日、岡田浩と君塚正志の話し合いの席に途中から現われ、原告金庫梅屋敷支店が被告の定期性預金の解約払戻に応じないのは不当である旨強く非難した事実も、鹿住供述によれば、鹿住泰治は途中から同席したため、それまでの岡田浩らの話し合いの内容、原告金庫が解約に応じられないとしている理由などについて十分に把握していなかったことが窺えることに照らせば、右記の点を認めしめるまでには至らない。

3  そうしてみれば、結局、本件に顕われた全証拠によっても、いまだ被告主張の各抗弁事実を認めることはできないといわねばならない。したがって、原告の本訴請求は理由があり、これを認容すべきものである。

三  ところで、被告は、本件訴状及び小切手判決がいずれも被告の旧代表者岡田浩宛で送達されており、被告に対して適法な送達をしないでなされた主文一項掲記の小切手判決は小切手訴訟の判決手続が法律に違背したものであって取り消すべきであると主張するので、この点について判断する。

1  本件記録によれば、昭和五三年九月二二日に本訴が提起され、同月二六日に被告の本店所在地において被告代表者岡田浩宛で訴状副本及び期日呼出状の送達がなされたが、本件訴状などの受送達者とされた岡田浩は、同月二〇日には既に被告代表取締役を退任しており、同日新代表取締役に鹿住泰治が就任し、同月二五日岡田浩の退任登記、同月三〇日鹿住泰治の就任登記がいずれもなされたこと、同年一一月八日の第一回口頭弁論期日において、岡田浩、鹿住泰治はいずれも不出頭であったところ、同月七日受付にかかる被告代表者代表取締役鹿住泰治作成名義の答弁書が提出されていたが、訴状の陳述がなされたのみで弁論が終結され同月二九日の判決言渡期日が告知され、右同日に小切手判決が言い渡されたうえ、右小切手判決正本は同月三〇日被告の本店所在地において旧代表者岡田浩宛に送達されたことが認められる。

2  法人を当事者とする訴訟においては、訴状副本の送達を始め法人に対してなされるすべての訴訟行為は、法人を代表する権限を有する者に対してなされなければならないところ、何人が法人を代表する権限を有するかを定めるにあたっては、実体法上の取引関係における第三者保護の規定である商法一二条は適用されないものと解すべきであり、したがって、右訴訟提起前に右法人の代表者の交替があったのにその旨の登記が経由されていない場合であっても、右法人を代表して訴訟追行の権限を有する者は、交替後の新代表者であるといわねばならない。

したがって、本件小切手訴訟の手続において、本件訴状に被告代表者として岡田浩と表示されていたこと、裁判所が訴状副本及び期日呼出状等を被告代表者岡田浩宛で送達したこと、第一回口頭弁論期日までに被告の新代表者鹿住泰治名義の答弁書が提出されていたにもかかわらず裁判所がこれを陳述したものと擬制することなく口頭弁論を終結したこと、小切手判決において被告代表者として岡田浩を表示し、同判決正本を同人宛で送達したことは、いずれも、それが原告ないし裁判所の故意又は過失に起因するものであるかどうかはさて措き、訴訟上被告を代表すべき者を誤った違法なものであって、そのために被告の新代表者である鹿住泰治が本件小切手訴訟に関与する機会を全く与えられなかったとするならば、本件小切手訴訟には、重要な訴訟手続の違背があるばかりでなく、その判決手続にも法令違背があることとなり、民事訴訟法四六三条、四五七条一項但書に従い右小切手判決を取り消すべきである。

3  しかしながら、当裁判所は、本件における手続違背は、いまだ本件小切手判決を認可することが不当視されるほどに重大な法令違背ではなく、これを取り消すまでの要はないと判断するものであり、その理由は次のとおりである。

(一)  本件訴状に被告代表者として岡田浩と表示され、訴状副本等の送達手続が右表示のとおり岡田浩宛でなされた点は、本件訴状が受理された時点における被告会社登記簿上に岡田浩が被告の代表者と表示されていたことに起因するが、異議申立後の訴訟手続において、原告が本件訴状の被告代表者を鹿住泰治と補正したうえ当裁判所が右同人の委任した訴訟代理人古閑孝弁護士にこれを送達しており(この点は、記録上明らかである。)、その点自体の瑕疵は現時点では治癒されている。

(二)  訴状副本及び口頭弁論期日呼出状が被告代表者岡田浩を名宛人として送達された点は、右送達場所は岡田浩個人の住所ないし勤務先等ではなく、被告本店所在地であり、かつ、現実に右送達書類を被告会社事務員が受領していることが、記録上明らかである。そのうえ、第一回口頭弁論期日の前日に被告の新代表者名義の答弁書が裁判所に提出されたことは、前認定のとおりである。この事実と、《証拠省略》によって認められる、被告本店事務所はいわゆる三DKとなっているマンションの一室でさほど広いわけではなく、従業員も十余名にすぎず、岡田浩は代表取締役退任後は被告会社に全く出社しておらず、新代表者の鹿住泰治はほとんど連日出社しており、新代表者名義の前記答弁書に押捺されている「鹿住」の印彰は鹿住泰治が被告会社において使用していた印鑑によって顕出されたものであるとの諸事実を併せ考えると、被告代表者鹿住泰治は、被告会社を被告とする本件の訴状副本、口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告書が被告本店事務所に送達されたことをその当時に了知し、その意思に基づいて答弁書を裁判所に提出した(答弁書の現実の作成を岡田浩にさせたとしても、鹿住泰治の意思に反してなされたとは考え難い。)ものと推認するのが相当であって、鹿住泰治の供述中これに反する部分は措信できない。

そうすると、被告代表者鹿住泰治は、旧代表者を名宛人とする訴状副本等の送達の事実を全く知らなかったとか、何かの機会に偶々これを知ったにすぎないというのではなく、被告本店事務所において右の送達がなされたことを確知し答弁書の提出によって訴訟手続にも関与しているのであり、必要に応じて、みずから口頭弁論期日に出頭するなり、訴訟代理人を選任して出頭させるなり、あるいは少くとも訴訟提起後に経由された被告代表者の変更登記を証する書面を裁判所に提出するなどの行為をすることもできたのであるから、本件の事実関係のもとにおいては、前記の送達は実質的には被告代表者に対する有効な送達であると解される余地があり、少くともその瑕疵はきわめて軽微であるということができる。

(三)  被告の新代表者鹿住泰治名義の答弁書が提出されていたにもかかわらず、これを陳述させることなく口頭弁論を終結した点は、それなりに違法ではあるが、その違法は判決手続自体に関するものではなく、また仮に右答弁書を陳述させたとしても、その記載内容は、原告の請求原因事実を一応争うかの如くであるが、これを仔細に検討すると、けっきょくのところ、原告の請求原因事実をすべて認めたうえ本判決事実摘示(第二の三の1、2)と同趣旨の抗弁を主張するものにほかならず、かつ本件においては右抗弁事実は被告代表者尋問を行ったところでその立証ができないという関係にあるのであるから、この点の違法は小切手判決の結論にも全く影響を及ぼさない。

(四)  本件小切手訴訟の第一回口頭弁論期日に被告代表者が出頭しなかったが、同期日において口頭弁論が終結され、法廷において判決言渡期日の告知がなされたことも、記録上明らかである。そうして、被告に対し改めて判決言渡期日が告知されることはなかったけれども、この点は、被告に対する第一回口頭弁論期日の呼出が前認定の経緯で実質的に行われたと解される以上は、判決手続における重大な法令違背を構成するものではない。

(五)  本件小切手判決正本が被告代表者岡田浩を名宛人として送達された点は、前記(一)で述べたところと同様、実質上は新代表者宛に送達がなされたと同視しうる本件においては、この点をもって小切手判決を取り消すべき事由とする要はない。なお、右小切手判決正本の送達報告書には、受領者印として「奥山」の押印と「岡田」の押印とがなされており、「奥山」の押印は抹消されているけれども、当時岡田浩が被告会社に出社していなかったことは前認定のとおりであるうえ、《証拠省略》によれば、旧代表者岡田の印鑑が被告会社事務所に残されていたこともありうることと認められるので、本件小切手判決正本が被告本店事務所において被告従業員により受領されたとの認定を妨げるものではない。なおまた、被告代表者鹿住泰治が本件小切手判決正本送達の事実を遅くとも昭和五三年一二月一四日(前記の判決正本送達報告書記載の送達日である同年一一月三〇日を基準とした場合における異議申立期間の満了日)までに了知していたことは被告の自認するところである。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し被告に訴訟費用の負担を命じ、仮執行の宣言を付した主文一項掲記の小切手判決は相当であるから、これを認可することとし、異議申立後の訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条四五八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 市瀬健人 村上博信)

〈以下省略〉

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